続きです。
この富士山一周サイクリングじたいが前日の夜に急遽決まったものであり、これから登る富士スカイラインがどのような坂道か誰もスペックを下調べしていませんでした。
全体の長さ、平均勾配、標高差など何も知らないまま篠坂交差点を左折し、ヒルクライムが始まりました。
うわ、のっけから10%の標識です。
おいしい寿司をいただいたばかりとは言え、ここまで60km以上を走ってきておっさん3人組はぼちぼちくたびれ始めております。Kの希望を容れてコースにヒルクライムを折り込んだことを、登りだして早々Iと私は後悔し始めていました。この調子の勾配がずっと続くのか、それとも平坦はたまに出てくるのか……。
結論から言うと、平坦区間はまったく出てきませんでした(泣)。富士スカイラインは6%から10%くらいの勾配がずっと続くのです。これはこたえました。
私は一応、有酸素運動の範囲内でできるだけ速く登ろうと試みますが、Kはいっさい消耗せずに登り切ることをテーマにヒルクライムに取り組んでいる男なのでペースが合いません。すぐにKを後ろに残して私とIのふたり旅になりました。
当初、水ヶ塚を左折して五合目まで登ろうかという話もなくはなかったのですが、登りだしてすぐに「それはないな」と思いました。五合目入口は直進して周遊区間のみ(最高標高1,469m)とすることはとっくに全員の暗黙の了解となっていました。
今やめたい、というタイミングは何度もありました。首も肩も腰も腿も足首もどんどん痛くなってきましたし、目の前に10%ほどの急坂が壁のように立ちはだかった時など、「あの坂は俺には登れない」と心がくじけそうになりました。
しかしIが一緒に走っている手前、先にギブアップするのはなんとなく抵抗があります。背後からはIの苦しそうな息づかいが聞こえてきますがまったく私の励みにはならず、むしろ「俺がこんなに苦しいのに、Iはなんでまだ元気に走れるのか」というプレッシャーでしかありませんでした。
後で聞くと、Iもまったく同じ気持ちだったようです。私が「全身の筋肉オワタ〜」とか「あ〜あの坂はぜったいムリだ。あれはムリ!」などと大声で弱音をはくたびに「これで休める……」と内心喜んだらしいのです。しかし私が弱音をはくだけで実際にはちっとも休もうとしないので参った、と述懐していました。
スピードが一桁まで落ちてしまうことも度々ありましたが、さいわいにして西臼塚Pと水ヶ塚Pまでの距離を示す大きな看板が1kmごとに出てきたのでこれに励まされ、当面の目標を水ヶ塚5km手前の「西臼塚駐車場」(標高1,240m)にさだめ、そこまではがんばることにしました。
結局、足着きなしで西臼塚駐車場までの平均勾配6.8%・標高差728mを登り切ってしまいました。私とI、同着。ここでしばらくKを待つことにします。
この日はもともと気温が低かったのですが標高1,240mともなると日が陰るとかなり寒い。しかも登りながら何度も水をかぶったのでそれが冷えていよいよ寒い。あろうことか私は半袖ジャージ以外の装備を何一つ持ってきておらず、坂のほかに寒さとも戦うことになりました。出発時にIからアームウォーマーを借りていたのがせめてもの救い。
それにしてもKが遅い。待てど暮らせど姿が見えません。
後から登ってきた別のクライマーに「すみません、誰か抜きませんでしたか? 仲間をひとり待ってるんですけど……」と聞くと、
「降りて押してる人ならひとり抜きましたよ。でも、ドリンクがペットボトルだったし、それほど本格的にやってる人ではなさそうでしたけど」
との返事。ドリンクがペットボトル。Kだ! しかし降りて押してる……?
Kはピナレロクワトロなどという本気の自転車に乗っているくせになぜかローディースタイルが嫌いで、サイクルジャージもレーパンも着ないしサイクリングボトルも使わないのです。いっぽう私とIはどこから見ても正調ローディースタイルだったため、クライマー氏はあの人物があなたたちのお仲間かどうか疑問である、という意味で上記の発言となったのでしょう。冷静な観察です。
この「それほど本格的にやってる人ではなさそう」という表現を私とIはたいへん気に入り、後でそれを私たちから聞かされたKはたいへん傷ついたようです。しかしまさかKが足着きとは。富士スカイライン、これまでにKと登ったヤビツや風張峠よりもスペックは上ですが、通常のKなら登れない峠ではありません。これはK氏、よほどコンディション悪いですね。30分ほど遅れてKが到着しましたが、当人も歩いたことがショックだったのか、悄然としておりました。
西臼塚で少し休みすぎてしまいましたが、とりあえず水ヶ塚駐車場までもうひとがんばり。ほんの数キロですし、途中からは下りです。坂のピークは五合目入口の分岐を通過した少し先にありました。特に目印などはありませんでしたが、ともかくこれで富士スカイライン周遊区間制覇です。しんどかった……。
水ヶ塚駐車場には売店や食堂などもあり、寒さをしのぐことができました(西臼塚は四阿とトイレのみ。自販機もなし)。なんだ、西臼塚であんなにゆっくりせず、とっととこっちに来てしまえばよかった。事前準備をしていないとこういうところで非効率が目立ってしまいますね。
しかしこの時点ですでに時刻は16時近く。日暮れまでに北麓駐車場帰着があやしいムードになってきました。北麓駐車場を出たのは午前7時ごろなのに。だって富士スカイラインにここまで時間がかかるとは思っていなかったんだもの。それもこれも自分の体力状況を顧みず富士スカイラインを登ると言い出して自滅したKが悪いのですが、それは言わないでおきました。
ともかくも、最大の難所は越えたはず。あとは山中湖を目指してひた走るだけです。距離はまだ40kmほど残っていますが、そのうち10km以上は富士スカイラインのダウンヒルなのでほぼ一瞬のはずです。
少なくとも、私はそう思っていました。
続きます。