2014年08月26日

ゲレンデにあったらうれしいもの

このブログにも世間様並みにSPAMコメントがちょいちょい投下されます。もう削除してしまいましたが、先日投稿されたとあるSPAMコメントには

これからもブログ書いてほしいです

との一文が。いや、やめねーし。お前に言われなくたって書くよ! 書き続けるよ! そしてお前は俺のブログにコメント書くのをやめろ!

毎度。俺です。

スキー上達のヒケツは、とにかく自分の滑りを撮影してそれを見まくることだ、とここ1、2シーズンで痛感しました。自分が理想とするうまい人の滑りと自分の滑りを比べまくる。今日の滑りときのうの滑りを比べまくる。これ本当にだいじ。

とはいえ、撮影された自分の姿から課題を抽出できるだけの知見がなければいくらビデオを眺めていてもあまり意味がありません。あーやっぱヘタだなあ、で終わってしまいます。

でも、ある程度「自分はこう滑ろうとしているつもり」という具体的なイメージがありつつ、そのイメージと実際の滑りとの差を自分で判断して対策を練れるようになればビデオはすごく役に立つと思います。かつてあるスキー部の合宿に参加させてもらった時、夜の反省会で私の滑りを見ながらコーチ役の方がたちどころに十も二十も欠点や改善点を指摘したのを見てほわーすげえと思ったものです。

それ以来、ひとりの時は必ず、みんなと行くときもできる限りカメラをゲレンデに持ち込むようにしています。

でも、いつも苦労するのがカメラの設置。

ヒトリストの時はゲレンデの下に三脚でカメラを置いて撮影するのですが、やはり三脚置きっぱなしだと盗難が心配だし、風に吹かれたり誰かに蹴られたりしたら簡単に倒れてしまいます。

そこで、ゲレンデにこんなものがあったらいいなと思いました。

撮影台

撮影台

手すり状のフレームにビデオ用の雲台をいくつか付けたものです。雲台に少しお金がかかるほかはわずかな材料費で作れそうな気がします。これをゲレンデ下部の邪魔にならない場所に設置して、客が自由に使えるようにする。これなら客はカメラだけを持ち込めばよいですね。盗難が心配な人はワイヤーロック等でフレームとカメラをくくってしまえばよいでしょう。

どこのスキー場にも「つまらないけど練習にはぴったりなコース」がたいていひとつはあるものです。そういうゲレンデに撮影台が設置されていたらうれしいなあ。カメラを回しっぱなしにしていれば、ほかのうまい人の滑りもついでに撮影できちゃうし。

しかし、ニーズあるかなあ……。

まあ、自分が滑っている時に限ってオバチャンの団体がカメラの目の前で立ち話をしていたりするんですけどねどうせきっと。

posted by Gyochan at 00:39 | Comment(4) | TrackBack(0) | スキー

2014年08月21日

基礎スキーについてあとちょっとだけ考えてみた

毎度。俺です。

意図せずして一大連載アクション巨編になってしまったこの「基礎スキーについて考えてみたシリーズ」ですが(コメディという噂も)、今回でどうにか最終回です。こいつが居座っているおかげでほかに書きたい記事がまったく書けなかったりアクセス数が落ちたり1kg太ったり婚期を逃したりと色々迷惑しています。ほんとにどうにかしていただきたい。特に婚期。

さて、前回は「SAJはさー、基礎スキーだけ教えてても別にいいんだけど、もうちょっとちゃんとしてほしいな」的なことまで書きました(←雑)。

ではSAJは何をどうちゃんとすればよいのでしょう。私個人がこうだといいのになーと思うことを書きます。

まず教程

自然で楽なスキーのすすめ』の後継となる新教程はまだ発表になっていませんが、技術体系的には去年の改革通り外足主体のバインシュピールな内容になることは確実でしょう。それはまあ置いといて、私としては書物としてまともなものになることを期待しています。

検定オタクが買ってわかったフリをする本からは卒業すべきです。SIAの公式メソッドがスキーヤーなら誰が読んでもためになる手引書に正常進化したように、SAJの教程も指導要領としても虎の巻としても読み物としても価値のあるスキーヤー必携の一冊になったらどんなに素晴らしいでしょう。今そんな本があるでしょうか。

次に、検定

2級、1級と進むに従って基礎スキーに深ハマリしていって、どんどんほかへの応用が利かなくなっていく、という図式はたいへん非生産的だと思います。私が検定に期待したいのは「深さ」ではなく、むしろ級が上がれば上がるほどできることが増えていく、という「広がり」のほう。チャレンジする人のスキーヤーとしての可能性が、せばまってしまうのではなく広がっていくような検定が理想的ですよね。

話は戻りますが、検定の採点基準と教程は不即不離でしょうから、教程の指導体系もそのようなスキーヤーの成長にあわせて選択肢が広がっていくような書かれ方をしていてほしいものです。

それと、話は違いますがSAJジュニアテスト

この一連の記事を書くために色々調べてみるまで全然知らなかったんですが、しばらく前までジュニアテストは制限滑走によるタイム審査だったらしいではないですか。それが最近になってふつうの級別テストと同じような基礎系種目に変わったと。

これはもとに戻すべきだと思います。基礎がやりたければ級別テストを受ければよいのです。級別テストだって5〜3級は小学生でも受検できるのですから。なぜわざわざレーサーへの道を閉ざすようなことをしたのでしょう。可能性はせばめるのではなく広げるべきです。

最後に、スキー振興への取り組み

スクールは学校を開いて生徒を待っていることしかできず、お客さんをスキー場まで連れてくる機能は備えていません。なので、宿、スキー場、旅行会社、メーカーなど業界が一丸となってスノーアクティビティを盛り上げていくことがまず大前提としてあります。

ですがその上で、スキー学校にもスキー場に遊びに来たお客さんに提案できることってたくさんあるんじゃないでしょうか。ひとつのスキー場にたいていひとつしかないスキー学校で基礎スキーしか教えてもらえないのは貧しいことです。

たとえば一般コースや検定コースのほかに、フリースタイルやポールレッスンやテレマークといった特化型の企画レッスンを打つとか。常設はムリとしても月イチとかシーズン2回くらいならできるでしょう。教えられる人さえいれば。

こういうことは個々のスキー学校の営業努力の範疇なのかもしれませんが、SAJが公認スキー学校の自由な取り組みをどこかで制限しているようなフシがあればそれは糾弾されるべきです。むしろ奨励し支援すべきでしょう。

だいたい、どこのスキー学校のホームページを見てもやる気が感じられない。まあ修学旅行生さえ受け入れていればそれで1シーズン安泰なのかもしれませんが、スノーアクティビティの新しい楽しさを創りたいとか伝えたいといった気概がまったくこちらに伝わってきません。ワクワクできる気がしない

雪マジ19とかぜんぶ雪のせいだとか、業界は少ないリソースでスキー場にお客を呼び戻そうとみんな懸命に知恵を絞っています。スキー学校だけが旧態依然としたビジネスモデルにあぐらをかいてお客さんに新しい価値を何も提供できていないのはお寒い状況です。寒いのはリフトの上だけでけっこう

読み返してみてもまるでありきたりでありふれた提言しかできていないのが我ながら悲しいですが、逆に言えば私のようなハイブリッド2級の新参スキーヤーでもこの程度の提言はできてしまうというところがさらに悲しいのです。

とりあえず疲れたのでこのシリーズはこのへんで。

posted by Gyochan at 22:00 | Comment(9) | TrackBack(0) | スキー

2014年08月13日

基礎スキーについてさらに考えてみた

よそのスキーブログを読んでいて「たごまる」という言葉に出会いました。

初めて見る言葉です。調べると、「服を重ねて着たときに下の服がちゃんと伸びずに中で重なっている状態」のことを言う方言だそうです(北関東以北? 地域によって多少用法が違うようです)。たとえば、長袖の上に長袖を着たら中の長袖が内部でたくしあがっちゃってキモチワルイ、みたいな時に使う。

おそらく東京弁や標準語にはこれに対応する言葉は存在しません。機能的にたいへんすぐれた言葉だと感銘を受けましたので、ぜひ全国区になってほしい。たごまる、みんなで使いましょう。ラ行五段で活用します。

毎度。俺です。

さて、前回は「生徒が求めているものとSAJ校が教えていることのミスマッチ」という観点から「スキー学校は具体的な目的意識を持たない発展途上のスキーヤーに基礎スキーという目的を与えはするものの、基礎スキー以外の目的に目覚めてしまったスキーヤーを適切に導くことができない」といった話をいたしました。いや、そんなこと実際には一言も書いてないんですが、後から読み返してみて自分が言いたかったのはきっとそういうことかなあと思ったので強引にそういうことにしてしまえ。

今回は「社会が求めているものとSAJ教育本部が提供しているもののミスマッチ」について考えます。

すでに前回・前々回の記事にいただいているコメントでも皆さんから示唆いただいているので、さらっといきましょう。かいぞーさんからいただいたコメントをそのまま引くのが手短でよさそうです。

とはいえ、公益財団法人として税金も払ってないんだから、基礎スキーという特殊ジャンルだけでなく、スキー全般に貢献してもらいたいところではあります。


これに尽きると思います。

つまり担えと

日本最大のスキー教育組織であるからには、どんなスタイルのスキーにも通底する普遍的なスキー理論でもって日本のスキーヤーの裾野全体を支える役割を担うべきである

ということでしょう。

もっと言えば、

基礎スキー以外にもスキーには多様なスタイルの楽しみ方があることを伝え、当然のことながらそれらのどのスキースタイルにもそのまま応用が利く技術でもって入門者を導くべきである。

ということも言えると思います。

これをせずに最初からSAJローカルな技術ばかり教えるものだからハイブリッドスキーはあれだけのバッシングを受けたのだと思います。そういうことは身内の遊びだけにしてくれと。将来ワールドカップ選手X-GAMES選手に育つかもしれない子どもたちにおかしな内倒ローテーション滑りなんか教えてくれるな、日本のスキーをダメにする気か、と。

実際にダメになってるかどうかは知りません。

ハイブリッドスキーイングのせいで日本のスキーがダメになってるかどうかなんて今のところ検証のしようがありませんし、ハイブリッド時代に技術選のスタア選手であった小野塚彩那はフリースタイルスキーでも素晴らしい成績を残しました(その時の荷重は外脚でしたが)。

右も左もわからない初心者をツブシの利かないスキーヤーに育て上げて基礎スキーでしか生きていけないカラダにしていること、つまりスキーヤーを基礎スキーに囲い込むことは責められるべきことなのでしょうか。

たとえばかいぞーさんが挙げておられる「公益法人なのだから」という点はあまり根拠にならない気がします。スキー界「全体」に貢献することが法人格を得る条件だったわけではないでしょうし、基礎スキーを通じてスキー振興をはかるだけでもじゅうぶん公益性はあります。

つまりSAJはスキー振興の一助となっていさえすれば法的責任は果たしていると言ってよく、やはり問われているのは道義的責任ということになります。問題のあいまいさ、責任の持って行きどころの不確かさがはっきりしてきましたね。

じゃあ、SAJ教育本部は道義的にどうあるべきなのでしょうか。

これも考え始めるとこの記事をアップするのがどんどん遅くなりそうですので次に回したいと思います。引っ張りまくりですみません。

posted by Gyochan at 20:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | スキー

2014年08月04日

基礎スキーについてもう少し考えてみた

かねがねルーフボックスがほしいとひそかに思っていたのですが、友達がいきなり「ぎょ〜ちゃん、ルーフボックスいらない? もらってくんない?」と言ってきました。場所をとるので手放したいとのこと。新品で10万円くらいするちゃんとしたもののようです。ラッキー! ああ、神様は見ていてくれるんだな……。

ところで神様、ベースキャリアはいただけないのですか?

毎度。俺です。

SAJ教程のことはSAJ一門の好きにさせておけ、といったようなお話を前回いたしましたが、さっそくコメント欄が盛り上がったようです。

このようにSAJ教程の話題となりますとスキーブログや掲示板はたいへんにぎわいますし、SAJの内外問わず、かまびすしく議論される場面によく出くわします。なぜSAJ教程はこんなにもほっとかれないのでしょうか。私はそこにふたつのミスマッチがあるからだと思っています。

ひとつは、生徒が求めているものSAJ校が教えていることのミスマッチ。

もうひとつは、社会が求めているものSAJ教育本部が提供しているもののミスマッチです。

このふたつは互いに関連しているので重複しあう部分も多いのですが、バカが語っていると思って読んでいただけると気になることも気にならないと思います。筆者はあまり頭が良くない、この大前提をまず呑み込んでおいてください。

さて、まずひとつめ。生徒が求めているものSAJ校が教えていることのミスマッチについて。

どこのスキー場でも同じだと思いますが、何も知らない初心者や自己流に行き詰まった中級者がスキー学校の門を叩くとき、そこで教わるのはたいてい基礎スキーです。

ポールレッスンしてくれとかトリックを教えてほしいといったリクエストがあればプライベートレッスンというかたちで応じてくれるスクールはあるかもしれませんが、何も知らない初心者や自己流に行き詰まった中級者にそんな具体的なニーズがあるはずもなく、何も言わずに一般レッスンに入ればほぼ100%、検定をスコープとした基礎スキーのレッスンになるでしょう。

スキー学校はそうした「ゲレンデでそつなく滑れるようになりたい」といった程度の漠然とした目的意識しか持たない生徒の受け皿となってレッスンをほどこし、その成果として検定を受けてもらい、さらには昇級をモチベーションにリピーターになってもらうというお習い事のレールに乗せるのが商売です。

レッスン料や検定料・登録料を安定的継続的に集金するのがスキー学校経営の核となるビジネスモデルであり、また、お習い事は日本人の国民性によくフィットしていてそれはそれで楽しいので、スキー学校はこの方式でこれまでにもレジャースキーヤーの裾野を広く受け持ってきました。

ここまでなら生徒のニーズとスキー学校の講習内容はほどよくマッチしているように思えます。

しかし、基礎スキーをいくら習い続けても基礎スキーヤーにしかなれないという点をスクールではわざわざ説明してはくれません。

ゲレンデを楽しく滑ってたまにバッジをもらうというスタイル以外にも、スキーには競技やフリースタイル、オフピステやバックカントリーといった様々な楽しみ方があります。アルペンスキーというくくりをはずせばもっと世界は広がります。でも、スキー学校で教える基礎スキーではそれらはカバーしきれないこと、近年はそれらの上達をむしろ阻害しさえするものを基本技術として教えたりもしていた、ということを生徒は知らされないままお習い事のレールに乗せられてしまうのです。

私はSAJのスクールにもSIAのスクールにも何度かずつ入校しましたが、そこで授かったノウハウが今ゲレンデで遊ぶ上で何かの役に立っているかは今もって確信を持てずにいます。競技スキーに関して言えばほとんど役に立っていない、というかじゃっかん邪魔になっている気さえします。

でも、バッジを取るためには確かに必要不可欠なレッスンでしたよ。つまりそういうことなのです。

生徒は、スクールで習う基礎スキー以外にも多種多様なスキーの楽しみ方があること、それらにはまた別の技術が求められること、けれどそのスクールでは教えてくれないかもしれないことなどをいずれ自力で発見することでしょう。スキーのことを知れば知るほど「俺が覚えたいのはコレジャナイ」という思いを強くする人も中にはいるでしょう。基礎スキーはすべてを与えてはくれない

これが私の考える「生徒が求めているものとSAJ校が教えていることのミスマッチ」です。

論考をシンプルにするために故意に誇張したり一面だけを取り上げたり強引に単純化した部分はあります。そう感じた部分はどんどんツッコミを入れて補足してください。

次回はもっともヘビーなテーマ、「社会が求めているものとSAJ教育本部が提供しているもののミスマッチ」に取り組まなければなりません。こんなこと書き始めなければよかった。手に余る。

posted by Gyochan at 20:00 | Comment(7) | TrackBack(0) | スキー